高山から120km先の出雲は本当に見えるのか?
国東半島への懐中電灯実験をきっかけに始まった、山口県萩市・高山から島根県出雲市方面を確認するための長期検証記録である。
1. 企画のきっかけ
国東半島へ懐中電灯の光を照射する実験を行った帰り道、約30km先まで光を確認できたことから、「この方法なら、高山から三瓶山の位置を特定できるのではないか」と考えた。
高山から三瓶山が見えることは展望台の案内板に記されていたが、霞などの影響もあり、私はこれまでその姿をはっきりと認識できていなかった。
夜間に三瓶山側から懐中電灯を照射してもらい、その光を高山側から撮影できれば、昼間に見えている山影が本当に三瓶山なのかを特定する手がかりになる可能性がある。
「これは面白い検証になりそうである。」
そう考えたことが、この企画の最初のきっかけであった。
2. ターゲット変更
この企画は、三瓶山の位置を確認するために高山を訪れたことから始まった。
懐中電灯を用いた検証を行う前に、まずは高山から見た三瓶山の方角を正確に把握する必要があると考え、GPSやGoogleマップを用いながら展望台で写真を撮影した。
その際、展望台に設置されている眺望案内板を確認すると、島根県方面は益田市の魚待ノ鼻までしか表示されていなかった。しかし実際には、それより奥にはっきりと江津市の陸地が見え、さらにその先の水平線付近に、うっすらと陸地のような影が見えていることに気付いた。
当初、江津市の奥に見えたものは雲であると考えていた。しかし後日、改めて同じ場所を訪れて撮影し直したところ、前回とほぼ同じ場所に、同じ形の影が確認できた。
「これは雲ではなく、陸地なのではないか。」
そう考え、GoogleマップやGoogle Earthで方角を調べたところ、その方角にある陸地は島根県の出雲市のみであった。
ただし、この時点では画像のコントラストなどを調整してようやく陸地らしく見える程度であり、「本当に出雲市である」と断言できる状態ではなかった。
一度目の撮影で、偶然にも三瓶山を写真に収めることができ、Google Earthなどを用いた確認によって、それが三瓶山であると判断できた。そのため、「どうせなら、さらに遠方にある出雲市から懐中電灯を照射してみよう」と考え、この企画を本格的に始めることにした。
なお、三瓶山の位置を確認している際に、一つ気付いたことがある。
展望台の眺望案内板では、三瓶山は大麻山より右側に描かれている。しかし実際に方角を確認すると、三瓶山は大麻山より左側に位置していた。
今回の検証には直接関係しないが、その他の地名についても、案内板と実際の位置に違いがあったことは、現地での興味深い発見であった。
3. 目的
今回の検証には、大きく二つの目的がある。
一つ目:見えている陸地が出雲市であるのかを確認すること
一つ目は、高山から見えている陸地が本当に出雲市であるのかを確認することである。そのために、出雲市側から高山へ向けて懐中電灯を照射し、高山側からその光を撮影する。点灯・消灯のタイミングを確認しながら撮影することで、写っている光が偶然ではなく、実際に出雲市側から照射されたものであることを検証する。
二つ目:自分なりの眺望案内図を作成すること
二つ目は、高山展望台から見える景色をもとに、自分なりの眺望案内図を作成することである。現地の眺望案内板と実際の景色を見比べたところ、一部で山の位置が異なっていることに気付いた。そこで、今回の検証結果や撮影した写真、地図などを参考にしながら、実際の景色に近い眺望案内図を作成したいと考えた。
4. 出雲市を確認するまで
そもそも、肉眼ではっきりと120km先の出雲市を捉えることができなければ、照射位置や撮影方向を決定することはできない。そのため、まずは肉眼で出雲市を確認することから始めた。
この時点では、「どのような条件であれば遠方まで見えるのか」ということは全く分かっていなかった。したがって、とにかく現地へ通い、観察を続けるしかなかった。
12月は2回ほど高山を訪れ、1月には10回前後、2月から4月までも毎月5〜6回ほど通い続けた。しかし、その間は一度も満足のいく景色を見ることができなかった。
そこで、アドバイスを得るために地元の方へ話を聞いたところ、「遠くが一番よく見えるのは夏である」と教えていただいた。最初は意外であった。瀬戸内海では夏は湿気が多く、遠方が見えにくいという印象があったためである。
しかし、よく考えてみると、高山では事情が異なる。冬は日本海からの北風によって湿った空気が直接流れ込む。一方、夏は南風が吹くため、瀬戸内海や太平洋側からの空気は山地を越える間に水分がある程度失われ、高山周辺では比較的澄んだ空気になりやすいと考えられる。さらに、1月から4月にかけてはスギ花粉、ヒノキ花粉、そして黄砂の影響も加わる。
実際、この時期は何度訪れても視界が悪く、普段であれば見えるはずの長門市方面や益田市方面の山々さえ確認できない日も珍しくなかった。
そして5月。天気予報を確認すると、南風が吹く予報であり、ちょうど休日とも重なっていた。
「今日なら見えるかもしれない。」
そう考えて高山へ向かうと、これまでとは明らかに異なる透明度の景色が広がっていた。その日、ついに肉眼で出雲市方面の陸地を確認することができ、ビデオカメラや一眼レフでもはっきりと撮影することに成功した。
5. 展望パネルについて
当初、この企画で展望パネルを作る目的は、非常に単純なものであった。出雲市が見えることを確認できたら、自分で撮影した写真をもとに山や岬の名前を入れ、「自分だけの眺望案内図」を作って満足する。それくらいの気持ちで考えていた。
しかし、企画を進める中で、その考えは大きく変わることになった。高山へ通い始めた頃、偶然、地元のご高齢の方と話をする機会があった。その方は、以前この地域の役場に勤務されていたそうで、高山展望台が整備された当時の様子をご存じであった。
私が「せっかく素晴らしい景色なのに、木が伸びて見えにくくなっている」と話すと、その方は少し寂しそうな表情でこう話された。
遠くを見つめながらつぶやかれたその言葉が、とても印象に残った。「このままでは、せっかくの展望台も、その思い出も木に隠れたままになってしまう。」そう感じた私は、自分でパネルを作るだけではなく、展望環境そのものを改善できないか行動してみることにした。
まず、高山の管理者を確認するため萩市へ相談したところ、「高山は山口県の管理である」と教えていただいた。そこで後日、山口県庁を訪れ、展望台周辺の樹木の剪定と、眺望案内板についての要望書を提出した。
正直なところ、個人からの要望であったため、大きな期待はしていなかった。しかし、受付の方が観光担当の部署へ連絡してくださり、担当の方が時間を取って丁寧に話を聞いてくださった。その場では、樹木の剪定や案内板の更新については予算などの都合もあるため、すぐに対応することは難しいものの、内容については検討するという回答をいただいた。
眺望案内図の作成も継続し、出雲市が確認できてから地名を入力することにした。
6. 実験の流れ
出雲市での懐中電灯実験は、条件がそろう日を待って実施した。遠方を確認するためには、南風が吹いていること、天気が晴れていること。この二つが特に重要な条件であった。
さらに、この実験は一人では行えない。そこで知人に協力を依頼し、「旅行を兼ねて出雲へ行ってもらい、指定した場所から高山へ向けて懐中電灯を照射してほしい」とお願いした。快く引き受けていただき、この実験を実施することができた。
実験当日を迎える前に、まず私自身が出雲市を訪れた。目的は、照射場所と照射方向を正確に決定するためである。出雲市の稲佐の浜から高山の方向を確認し、写真を撮影しながら、「この位置から、この方向へ懐中電灯を向ければ高山を照らせる」という基準を作成した。
120km以上離れた場所では、照射方向がわずかにずれただけでも、高山からは全く異なる方向へ光が飛んでしまう。そのため、事前に現地で位置や方角を確認することは、この実験で最も重要な準備の一つであった。
次の日、協力者には私と入れ替わるように出雲市へ向かってもらい、実験の時を待った。
7. 実験開始
いよいよ懐中電灯を用いた実験を開始した。実験では、あらかじめ点灯する時刻を決め、その時間になったら協力者が懐中電灯を高山へ向けて照射する方法を採用した。
通話をしながら「今つけて」「今消して」と指示を出す方法も考えたが、通信状況によるわずかな遅れが結果に影響する可能性がある。そのため、事前に時刻を細かく決め、お互いに時計を確認しながら、決められた時間どおりに点灯・消灯を行う方法で実験を進めた。
準備は万全であった。あとは高山から光を確認するだけであった。
何度撮影しても、出雲市側から照射した懐中電灯の光を確認することはできなかった。
8. なぜ失敗したのか
実験が失敗した原因は、後になって判明した。結論から言えば、私が高山の位置を間違えていたのである。
実験前日、出雲市の稲佐の浜で高山の方向を確認していた。その日は南風が吹き、遠くまで非常によく見えていたため、「あれが高山である」と思える場所を見つけ、協力者にもその方向へ懐中電灯を照射するよう依頼した。しかし、実際にはその場所は高山ではなかった。私が高山だと思っていたのは、大田市の大岬灯台付近であった。
大岬灯台周辺は、海面によって手前の陸地が隠れるため、灯台のある高い部分だけが浮かび上がるように見える。そのため、遠くから見ると、まるで独立した島のようなシルエットになる。私はその景色を見て、「あれが高山である」と思い込んでしまった。
もちろん、協力者の方は打ち合わせどおり、正確にその方向へ懐中電灯を照射してくださった。しかし、照射していたのは高山とは全く異なる方向であったため、高山から光が見えるはずがなかった。今回の失敗は、機材や天候が原因ではなく、私自身の方角確認ミスによるものであった。
9. 第二回実験への決意と改善点
第一回の実験は、私自身の方角確認ミスによって失敗に終わった。原因があまりにも単純であっただけに、悔しさは大きく、「ここまで準備して、このまま終わるのは納得できない」という思いが残った。しばらくは気持ちの整理がつかなかったが、半年ほど経った頃、「ここまでやったのだから、とことん検証してみよう」と決意し、第二回実験を計画することにした。
第一回の反省を踏まえ、見直した点は大きく三つある。
一つ目:照射場所
一つ目は、照射場所である。第一回では稲佐の浜から照射したが、遠距離では地球の丸みや海面による影響が大きく、手前の陸地が隠れてしまうことを改めて実感した。そこで第二回では、より標高の高い奉納山公園を照射地点に選んだ。
二つ目:協力者
二つ目は、協力者である。第一回では、知人に旅行を兼ねて協力していただいた。しかし、遠望の条件は南風が吹くこと、天候が良いことなどが重ならなければならず、事前に日程を決めて実施する方法では、条件が合わない可能性が高いことが分かった。そこで第二回では、条件がそろった日にすぐ実験できるよう、出雲市在住の方へ協力をお願いする方針に変更した。
三つ目:方角の確認方法
三つ目は、方角の確認方法である。第一回では、遠くに見えた地形を目視で判断したことが失敗につながった。そこで第二回では、現地へ改めて足を運び、GPSやGoogleマップを用いて方角を正確に確認し、照射方向を事前に決定した。
10. 協力者との出会い
第二回実験では、出雲市に住んでいる方へ協力をお願いすることにした。そこで、照射場所の下見を兼ねて奉納山公園を訪れた際、「もし機会があれば現地の方に声を掛けてみよう」と考えていた。しかし、平日の山の上ということもあり、奉納山公園にはなかなか人が来なかった。夕方になっても誰も来ず、「今日は難しいかもしれない」と思い始めていた。
その時、一台の車が公園へやって来た。ナンバープレートを見ると、「出雲」の文字があった。
「この機会を逃したら、もう次はないかもしれない。」
そう思い、思い切って声を掛けた。突然のお願いにもかかわらず、「面白そうですね。いいですよ」と快く協力を引き受けてくださったのが、yotaさんであった。
実験当日までの間も、現地の様子や天候、実験場所について何度も相談に乗ってくださり、「この日なら条件が良さそうです」と積極的に情報を送ってくださった。この企画は、一人では実現できなかった。偶然の出会いから始まり、最後まで親身に協力してくださったyotaさんには、本当に感謝している。「ご縁の国」と呼ばれる出雲で、このような出会いがあったことも、この企画の忘れられない思い出の一つである。
11. 第二回実験
yotaさんと出会った翌日、天候や風向きの条件が良かったため、早速第二回実験を行うことにした。当初の計画では、標高のある奉納山公園から高山へ向けて懐中電灯を照射する予定であった。
しかし、ここで思わぬ問題が発生した。Y.O.T.Aさんが現地へ向かったところ、イノシシが出没しているとのことで、安全面を考慮し、奉納山公園での実験は中止することになった。
その後、急きょ照射場所を稲佐の浜へ変更して実験を続けた。しかし、第一回実験でも課題となっていた標高の低さが影響した可能性もあり、懐中電灯の光を確認することはできなかった。
予想外の出来事も重なり、思うような結果は得られなかったが、この失敗によって「照射場所の標高が重要である」という課題を改めて認識することになった。
12. 第三回実験に向けた準備
第二回実験でも成功には至らなかったため、第三回では改めて実験方法を見直すことにした。今回は「なんとなく条件が良さそう」という判断ではなく、一つひとつの条件を客観的に確認しながら準備を進めた。
まず見直したのは、照射場所である。標高だけで場所を決めるのではなく、周囲を山や樹木に囲まれていないこと、イノシシなど野生動物の危険が少ないこと、周囲の照明が少なく懐中電灯の光を確認しやすいことを条件に、地理院地図やGoogle Earthを用いて候補地を比較した。その結果、最終的な照射場所として(高山の案内板には記載されていなかったものの、地図上では確実に視線が結ばれている)出雲市のつぶて岩展望デッキを選んだ。
また、前回までの反省を踏まえ、照射方向についても再確認を行った。短期間のうちに何度も出雲市へ足を運ぶことは難しかったため、Google Earthや地図上で位置関係を細かく確認し、yotaさんとも連絡を取りながら、「この場所から、この方向へ照射する」という手順を事前に共有した。
これまでの失敗を一つずつ検証し、改善できる点はすべて見直した。そして、「これなら成功するはずである」という準備を整え、第三回実験に臨んだ。
13. 第三回実験
第三回実験では、開始時刻よりも早めに高山へ到着し、事前に撮影準備を整えた。今回は、カメラと三脚をしっかり固定し、撮影方向を決めた後は一切動かさないようにした。
目安にしたのは、大岬灯台の位置である。1000mmの望遠レンズで大岬灯台を画面右端に捉え、そこから左へ1.5~2画面分ずらした位置に、出雲市方面の陸地があると考えていた。その位置にカメラを向け、yotaさんとの実験開始時刻を待った。
開始時刻になり、yotaさんから連絡が入った。まずは、懐中電灯を点灯してもらった。すると、それまで何もなかった場所に、小さな光が写った。ただし、事前に撮影した写真から少し時間が経っていたため、最初は「漁船の光が増えただけかもしれない」と考えた。そこで、次に懐中電灯を消してもらった。すると、その光は消えた。
「これは、もしかすると本当に懐中電灯の光なのではないか。」
そう考え、もう一度点灯してもらうと、同じ場所に再び光が現れた。この時点で、かなり確信に近いものはあった。ただし、偶然や漁船の光である可能性を完全に否定するため、さらに点灯・消灯を繰り返して確認することにした。
yotaさんには、こちらに知らせずに懐中電灯のオン・オフを切り替えてもらい、私は写真を見て「今は点いているか、消えているか」を判断した。最初の数回は、光の有無を正しく判断できた。しかし、途中で一度、判断に迷う場面があった。写真に光が写っていたため私は「点灯している」と回答したが、実際にはその時、yotaさんは懐中電灯を消していた。
一瞬、「実験失敗か、あるいは私の見間違いか」と血の気が引いた。しかし、後から撮影データを並べて詳細に確認すると、その謎の光は右から左へわずかに移動していることが判明した。つまり、懐中電灯の光ではなく、手前を横切った漁船の光だったのである。
その後、再び点灯してもらうと、今度は漁船の光とは明らかに異なる「完全に静止した固定位置」から放たれる光を捉えることができた。
撮影条件
- カメラ:Nikon D800
- レンズ:1000mm望遠
- シャッタースピード:10秒
- ISO:3200
- 絞り:F11
肉眼では確認できず、ビデオ撮影でも判別は困難であった。しかし、長時間露光による写真撮影では、120km以上離れた出雲市側からの光を捉えることができた。この実験によって、高山から見えていた陸地は出雲市方面であると判断した。
14. まとめ
実験終了後、あらためて出雲市を訪れ、Y.O.T.Aさんへお礼を伝えた。懐中電灯を回収し、今回の実験を振り返りながら2〜3時間ほど話をすることができた。その後も動画編集の際には、「この部分を使っても問題ないか」といった確認をさせていただくなど、現在もご協力をいただいている。この場を借りて、改めて感謝申し上げたい。
子どもの頃の疑問は、大人になった今だからこそ確かめられる
この実験を通じて、子どもの頃に思い描いた疑問や遊び心を、大人になっても大切にしたいと感じた。子どもの頃、夜空へ懐中電灯を向けながら、
「この光は、いったいどこまで届くのだろう。」
そのようなことを考えた記憶があった。当時は、それを確かめる手段も、お金も、車もなかった。しかし、大人になった今なら、それができる。
もちろん、今回の実験は誰かにとっては「くだらないこと」に見えるかもしれない。それでも、私は本気でやって良かったと考えている。実験を通して、風向きや湿度、黄砂など、遠望に影響するさまざまな条件を知ることができた。 そして、それ以上に多くの人との出会いがあった。子どもの頃に抱いた素朴な疑問を、大人になって本気で確かめてみる。そのような遊び心やロマンは、これからも大切にしていきたい。
地域を思う気持ちは、人を動かす力になる
もう一つ、この企画で強く感じたことがある。それは、「地域を思う気持ちは、人を動かす力になる」ということである。高山展望台で偶然出会った一人の方が、「昔はもっと景色がよく見えていた。」と、少し寂しそうに話してくださった。その何気ない一言が、私の心に深く残った。
私は高山の地元の人間ではない。それでも、「何かできることはないだろうか」と考え、県へ要望書を提出することになった。私の提出した要望書が直接のきっかけになったのかは分からないが、その後、実際に高山展望台周辺の樹木の剪定が行われ、かつて地元の方が寂しそうに語っていた「あの頃の素晴らしい景色」が目の前に蘇った。
その光景を見たとき、一人の小さな声であっても、根拠を持って熱意を伝えれば、景色や誰かの思い出を守るきっかけになれるのだと深く実感した。もちろん、ただ要望を伝えるだけではなく、根拠や目的を整理して伝えることは重要である。それでも、一人の行動が何かを変えるきっかけになる可能性はある。もし、自分の住む地域や、好きな場所のために「何かできることはないだろうか」と思うことがあれば、ぜひ一歩踏み出してみてほしい。その小さな行動が、誰かの思い出や景色を守ることにつながるかもしれない。
挑戦することの楽しさ。
人との出会い。
地域を思う気持ちの大切さ。
それらすべてが、この企画で得た大きな財産であった。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。