毛利輝元が築いた萩城の跡は、昭和26年(1951年)6月9日に国の史跡に指定されました。 現在は「萩城跡 指月公園」として公開され、天守台や石垣、堀、志都岐山神社などを巡りながら、約260年間にわたって長州萩藩の中心だった歴史を体感できます。 背後の指月山も昭和46年(1971年)3月16日に国の天然記念物に指定されており、城跡と豊かな自然が隣り合う萩を代表する観光名所です。
萩城跡 指月公園について
萩城は、関ヶ原の戦い後に周防・長門二国へ減封された毛利輝元が、慶長9年(1604年)に築城を始め、慶長13年(1608年)に完成させた城です。 指月山頂の詰丸(要害)と、山麓の本丸・二の丸・三の丸からなる平山城で、文久3年(1863年)に藩庁が山口へ移るまで、約260年間にわたって毛利氏の居城・長州萩藩の政庁として機能しました。
本丸には高さ約14.4メートルの五層の天守がありましたが、明治7年(1874年)に天守・矢倉・門などが解体されました。 現在は高さ約11メートルの天守台をはじめ、石垣や堀などが残っています。天守台の美しい曲線は「扇の勾配」とも呼ばれ、水堀に映る姿からも往時の城の規模を想像できます。
かつて本丸は幅約20メートルの堀に囲まれ、内側の石垣上には多門矢倉や土塀、要所には二層の矢倉が建てられていました。 内部には藩主の居館と藩政を行う政庁があり、本丸外側の二の丸には矢倉14か所と門3か所などを配置。さらに外側の三の丸には藩の役所や重臣の屋敷が並び、外堀によって城下町と区切られていました。
園内には、毛利元就・隆元・輝元・敬親・元徳と歴代萩藩主を祀る志都岐山神社、回遊式庭園だった東園、花江茶亭、万歳橋などの見どころがあります。 東園は6代藩主・毛利宗広の時代に古くからあった池を整備して造られ、7代藩主・毛利重就の時代にも休息や遊興の場として受け継がれました。
春には約600本のソメイヨシノが咲き、園内には萩でしか見られないとされる山口県指定天然記念物「ミドリヨシノ」も1本あります。 特に天守台へ上がる手前の高台では、下段に咲く桜を目の前にしながら上から眺められます。桜が地面から一斉に立ち上がるように見える、園内でもおすすめの撮影地点です。
主な場所だけなら約30~40分、園内をしっかり巡るなら約1時間が目安です。写真を撮りながら歩く場合は1~2時間ほど見ておくと安心です。 指月山登山まで含めるとさらに時間と体力が必要になるため、山頂の要害については別ページで詳しく紹介します。
※ 園内には砂利道・石段・段差があります。歩きやすい靴がおすすめです。
園内の見どころ
アクセスと周辺マップ
萩城跡 指月公園は、萩市街の西端、指月山のふもとにあります。 萩の町は碁盤の目状に道が通っているため複数のルートがありますが、次の道順なら曲がる回数が少なく、比較的分かりやすく到着できます。
山口・美祢方面から国道262号、国道191号を北上する場合は、萩東中学校を過ぎたら左車線を進み、松本川の手前にある信号を左折します。 この方向には交差点手前で「萩城跡」の案内標識が見当たらないため、左車線の進行方向に従って曲がるのがポイントです。
阿武方面から国道191号を南下する場合は、松本川を渡った先にある「萩城跡」の案内標識を目印に右折します。 橋を渡り終える付近の信号ではなく、その次の信号が目安です。
どちらから曲がった場合も、その後は案内標識を確認しながら長い直線道路を道なりに進みます。 正面に石垣が見えてきたら、車では渡れない橋の手前を左折して水路沿いを南下し、最初の信号を右折します。約40~50メートル進むと、右手に指月第一駐車場があります。
駐車場からは毛利輝元公像の方向へ進み、石垣の間を抜けると100メートルに満たない程度で公園入口です。 桜の見頃は昼頃までに駐車場が埋まる可能性があるため、開園直後を目安に訪れるのがおすすめです。見学後は、駐車場付近の土産物店で萩焼などを見る楽しみもあります。
- バス:萩循環まぁーるバス(西回り)「萩城跡・指月公園入口・北門屋敷入口」→ 徒歩約5分
- 車:小郡萩道路 絵堂ICから約20分
- 駐車場:指月第一駐車場(無料・普通車51台/大型車2台)
※ 所要時間は目安です。道路状況や観光シーズン、イベント開催時には変動します。