天王森古墳

下松市の天王森古墳
天王森古墳
市街地を見渡す前方後円墳|下松市

天王森古墳は、下松市街地や笠戸湾を見渡す丘陵上に築かれた、全長約50メートルの前方後円墳です。 墳丘の形は分かりにくくなっていますが、周辺からは人物・武具・家などを表した多彩な形象埴輪が出土しています。 平成29年(2017年)12月19日に下松市指定史跡となりました。

天王森古墳について

天王森古墳は、北側の周防山地から末武平野の東側へ延びる低い丘陵の頂部に築かれています。 南側の眺望に優れ、下松市街地や笠戸湾を見渡せる立地が選ばれています。

葺石は確認されておらず、墳丘も長い年月の間にかなり形を変えていますが、 レーダー探査によって、周囲に空濠を巡らせた全長約50メートルの前方後円墳であると推定されています。 墳丘の復元形態や埴輪の年代観から、6世紀前半に築かれたと考えられています。

現在は公園のような開けた場所に古墳が残り、前方部と後円部の高低差や地形を歩いて確かめられます。 派手な復元施設はありませんが、住宅地の一角に古墳時代の有力者の墓が残る、下松市の歴史を伝える場所です。

詳細説明

全長約50メートルの前方後円墳

天王森古墳は、円形の後円部と台形状に広がる前方部を組み合わせた前方後円墳です。 現在の墳丘は細くなり、外観だけで本来の形を判断するのは難しくなっていますが、 レーダー探査などの成果から、周囲に空濠を巡らせた全長約50メートルの古墳だったと推定されています。 現地の説明板に描かれた復元想定図と実際の地形を見比べると、古墳の規模や向きを理解しやすくなります。

西日本でも珍しい形象埴輪

令和2年度(2020年度)に行われた周辺の宅地開発では、古墳南側の造り出し付近から、 まとまった数の形象埴輪が出土しました。巫女や力士を表した人物埴輪をはじめ、 盾・靫(矢筒)・大刀などの器財埴輪、家形埴輪が含まれています。 前方部西側からは、猪などを表したとみられる動物埴輪の破片も見つかっています。 種類と出土量の多さは西日本でも有数とされ、天王森古墳を考えるうえで重要な発見です。

被葬者と地域の歴史

出土した形象埴輪は、第26代継体天皇の陵と推定される大阪府高槻市の今城塚古墳の埴輪とよく似ています。 このことから、天王森古墳の被葬者と当時の中央政権との強い結びつきがうかがえます。 『日本書紀』には、朝鮮半島の新羅へ派遣された小鹿火宿禰が、帰国の際に都怒国、 現在の下松市周辺に滞在したという記事があり、被葬者との関係も推し量られています。

古墳以前から利用された丘

周辺で採集された土器から、古墳が築かれる以前、この場所には弥生時代の高地性集落があったことも分かっています。 見晴らしのよい丘は、古墳時代だけでなく、それ以前から人々に利用されてきました。 墳丘上には石祠や「高松宮殿下御手植」と記された標柱なども残り、 古墳の築造後も地域の人々と関わりながら守られてきたことが感じられます。

アクセスと周辺マップ

天王森古墳は、下松市桜町の住宅地にある高台に位置しています。 周辺の道路は住宅地内の生活道路となっており、古墳専用の駐車場はありません。 車で訪れる場合は、路上駐車や周辺住民の迷惑にならないよう注意してください。

現地は草地で、墳丘部分には傾斜や段差があります。 草が伸びる季節は足元が見えにくくなるため、歩きやすい靴がおすすめです。

  • 車:下松市中心部から約5〜10分(目安)
  • 公共交通:JR下松駅から徒歩約25〜30分(目安)
  • 駐車場:専用駐車場はありません

※ 所要時間はあくまで目安です。道路状況などによって変動します。