東光寺は、元禄4年(1691)に萩藩三代藩主・毛利吉就が創建した黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院です。 総門・三門・鐘楼・大雄宝殿の4棟は、昭和41年(1966)に国の重要文化財に指定されました。 寺の奥に広がる墓所は、昭和56年(1981)に「萩藩主毛利家墓所」の一部として国の史跡に指定されています。 お盆の時期には、大照院の迎え火に続いて東光寺で送り火の「萩・万灯会」が行われ、約500基の石灯籠に火がともります。 東光寺の万灯会は昭和42年(1967)に始まり、現在まで受け継がれている萩の夏の風物詩です。
東光寺について
東光寺の建造物
山号を護国山という東光寺は、明の僧・隠元隆琦によって日本へ伝えられた黄檗宗の寺院です。 毛利吉就が元禄4年(1691)に創建し、のちに萩藩主毛利家の菩提寺となりました。 最盛期には40余りの堂塔と約80人の僧侶を擁したと伝えられています。 伽藍は西向きで、総門・三門・大雄宝殿がほぼ一直線に並び、鐘楼は大雄宝殿の左手に配置されています。
総門は元禄6年(1693)の建立と推定され、中央を持ち上げた段違いの屋根などに異国風の意匠が見られます。 大雄宝殿は元禄11年(1698)の建立。正面五間、梁間四間の大規模な仏殿で、組物や天井などに黄檗宗建築の特徴を残します。 鐘楼は元禄9年(1696)から宝永年間頃、三門は文化9年(1812)の建築です。 とりわけ三門は二階二重門の堂々とした造りで、左右に山廊を備えています。 これら4棟は、黄檗宗が各地へ広がった時代の整った伽藍として、昭和41年(1966)6月11日に国の重要文化財に指定されました。
萩藩主毛利家墓所
寺の奥には、三代吉就・五代吉元・七代重就・九代斉房・十一代斉元という、奇数代にあたる5人の藩主と夫人、 一族・関係者を葬る40基の墓があります。藩主夫妻の墓は横一列に配され、入口から延びる参道がそれぞれの墓前へ分かれています。 墓所には玉垣16か所、神道碑6基、鳥居5基のほか、家臣らが寄進した約500基の石灯籠が整然と並びます。 笠石を載せた角柱形の墓石や、藩主夫妻の墓に刻まれた毛利家の沢瀉紋(おもだかもん)も見どころです。
この墓所は、大照院墓所や旧天樹院の毛利輝元墓所などとともに「萩藩主毛利家墓所」として、 昭和56年(1981)5月11日に国の史跡に指定されました。 山林を背に、石畳、石灯籠、5基の鳥居(墓所内全体では7基)、その奥の墓石が整然と続く景観は圧巻です。 門をくぐる前から漂う凛とした空気と、死してなお藩主の風格を感じさせる静かな迫力は、現地でこそ味わえます。
静寂の境内と毛利家墓所
アクセスと周辺マップ
東光寺は萩市椿東の山あいにあり、初めて車で訪れる場合は入口や駐車場が少し分かりにくいため、 カーナビや地図アプリを併用すると安心です。 国道191号を南側から北上する場合は、頭上に現れる「松陰神社・東光寺」方面の右折標識を目印にしてください。 北側から南下する場合は同じ標識が見えにくいため、右手の萩市立萩東中学校と、その先の信号を目印に左折します。
松本川の橋を渡って直進し、松陰神社方面の案内がある大きな交差点を左折します。 すぐ先の四つ角を右折して道なりに進み、萩本陣の案内看板を通過してください。 その先にある「東光寺」の右折案内に従って橋を渡り、右カーブを進むと、左手に東光寺の総門が見えてきます。
無料駐車場は2か所あります。総門を通り過ぎ、左カーブを曲がった直後の右手にある道沿いの駐車場は、 現地で見た範囲では普通車5~6台ほどが目安です。さらに坂を上ると右側に 「東光寺参拝受付駐車場」があり、こちらは10台前後が目安ですが、入口が小さいため見落とさないよう注意してください。 公式案内では駐車場は合計20台とされていますが、紅葉期や万灯会などの混雑時は早めの到着がおすすめです。
- 公共交通:萩循環まぁーるバス(東回り)「東光寺前」下車 → 徒歩約1分
- 徒歩:JR東萩駅から徒歩約25分(目安)
- 車:小郡萩道路 絵堂IC から約20分(目安)
- 駐車場:無料駐車場あり(公式案内20台・2か所)
- おすすめ:静けさと朝日の景観を味わうなら朝一番
夏は蚊が多くなる可能性があり、境内は山林に囲まれているためスズメバチにも注意が必要です。 砂利道や石段では足元に気をつけ、撮影の際は参拝者の通行や祈りを妨げないよう、静かに楽しみましょう。 ※ 所要時間や駐車可能台数は目安です。道路状況やイベント開催時には変動します。