竜王山の神石(山陽小野田市)

本ページでは、山口県に伝わる昔話をもとに、AIイラストを用いた紙芝居として紹介しています。

文章は伝承を尊重して要約し、イラストはAIならではの表現(誇張を含む場合があります)を活かしています。

コマ1
※AIイラストです
今から千七百年ほど昔のこと。九州の「クマソ」という豪族が反乱を起こし、人々を苦しめていました。これを聞いた仲哀(ちゅうあい)天皇は、クマソを静めて国を平和にするため、たくさんの軍船を率いて九州へと向かいました。
コマ1 イラスト
コマ2
※AIイラストです
軍船が小野田の岬の沖にさしかかった時、突然空が真っ暗になり、激しい嵐が襲いました。波は荒れ狂い、船はバラバラになって、どちらへ進めばよいか方角さえわからなくなってしまいました。
コマ2 イラスト
コマ3
※AIイラストです
天皇が必死に海神(わたつみ)に祈ると、沖から大きな「火の玉」が現れました。その光で辺りは真昼のように明るくなり、不思議なことに嵐もしずまっていきました。天皇は「神様が助けてくださったのだ」と、火の玉が飛んでいった岬へと船を進めました。
コマ3 イラスト
コマ4
※AIイラストです
翌日、天皇が山に入ると、不思議な気が漂う大きな石を見つけました。「これこそ海神を祀るのにふさわしい石だ」と確信した天皇は、山の頂に祠(ほこら)を建て、その石を神様として大切にお祀りしました。
コマ4 イラスト
コマ5
※AIイラストです
神様の加護を得た天皇一行は、無事に九州へ着き、あばれまわるクマソを平らげて都へ帰ることができました。それから長い年月が過ぎた頃、村人の夢に神様が現れ、「信心すれば、海の災難から皆を守り、願いを叶えよう」とお告げがありました。
コマ5 イラスト
コマ6
※AIイラストです
村人たちは新しく立派な祠をつくり、そこを「竜王の宮」と名付けました。それ以来、どんなに海が荒れても事故はなくなり、人々は幸せに暮らしたといいます。その不思議な石は今も、竜王山の頂上でこの海を見守り続けているのです。
コマ6 イラスト

感想

現存する祠の由来となると、とても興味深いですね。山口県のいたる所に地蔵や祠があるのも、一つ一つ由来があると考えると、ロマンがあります。ってか、村人めっちゃ枕元おるやん。

※本エピソードは、小野田市発行『小野田市史』内の「民話と伝説」より、「竜王山の神石」(著:島本英弼)に基づき、本サイトにて要約・構成したものです。